2013年2月7日木曜日

小学校の思い出1

当時の私は先生に殴られる方が悪いと思っていた。 
先生が殴るのは騒いだりふざけたり、物を盗ったりいじめたり、「悪いこと」をするからだ。体罰がいやなら「悪いこと」をしなければ良いだけのこと。体罰の是非はさておき、少なくとも殴られるようなことをした貴様は悪い。 
教員の立場から「殴られる貴様が悪い」なんて言ったら大問題だが、当の体罰が行われていた教室にいた児童の私はそう思ったんだよ。 
それでI先生を辞めさせる流れになったとき、自分のした「悪いこと」を棚に上げて、まるでI先生の暴力による被害者のように振る舞う彼らが馬鹿に見えてしょうがなかった。児童も保護者も馬鹿みたいだった。 

でも意外なことに、I先生を辞めさせる保護者会のリーダーは、クラスで一番の優等生Aちゃんのお母さんだった。 
Aちゃんは当然、I先生に体罰をされたことなんかほとんどない。 
I先生は授業中に指名して答えられなかった子を教室の後ろに立たせるのだが、問題が難しくて、授業が終わる頃には大半の席が空いていた。 
着席常連組は私とAちゃん含めて8人くらい。 
だから体罰を受けたり、成績が悪い子ではなく、何故Aちゃんとその親が保護者会を立ち上げるほどにI先生を辞めさせたがったのか理解できなかった。I先生も驚いただろう。 

その子は本当に優等生だった。社会の課題の進行もクラスのトップだったし、そのほかの様々な課題……計算ドリル、漢字ドリル、日記など、とにかく何でも一生懸命やっていた。日記というのは、毎日日記をつけて先生に提出するという課題。小学生にしてはわりと長文を書かせるんだ。 

私は優等生の皮をかぶった、いわゆる真面目系クズなのでそこまでは頑張れなかった。 
社会の課題と漢字ドリルは頑張ったよ。好きだから。でも計算ドリルはめんどくさいんで溜めに溜めてたのを母に見つかり、こっぴどく叱られて、泣く泣く進めた。 
日記はI先生が「これは自由参加。でも途中で辞めることは絶対に許さない。」と言っていたので迷わず不参加。 
社会の課題も頑張ったとはいえ、進行具合はクラスの10番目くらい。トップを走るAちゃんとは追いつこうという気も起きないほど離されていた。 

多分Aちゃんは頑張りすぎちゃったんじゃないかと思う。いや、小学生にあの課題を全部こなすの無理だって。 
優等生の彼女にとって、先生から与えられた課題は「当然クリアするもの」。さらに言えば「当然クリアできるもの」。だからすごく頑張った。すごく頑張っているのに終わらない。誰よりも先に前に進んでいるのにゴールが見えない。これっておかしくない?私がクリアできない課題っておかしくない?I先生おかしくない? 
Aちゃんが、というより彼女の親がそう思ったかもしれんね。全ての課題を当然のようにやらせたはいいものの、娘がオーバーワーク気味になってる。これはおかしい。課題が多すぎる。I先生はおかしい。 

しかも課題ってできたからってあんまり褒められなかった気がする。6年生にもなって都道府県名が書けないとか、そういうレベルの子には多少厳しくハッパをかけていたけれど、ある程度のペースなら特に叱りも褒めもしなかったな。完全に本人の自由意志。そこら辺にもAちゃんのフラストレーションがあるかもしれない。 

それからI先生はある意味、全く贔屓をしない人だった。優等生だからって基準が甘くなるようなことは一切なかった。だから私も叱られるところでは叱られたし、すごく恥をかいたこともあった。殴られるようなことはなかったけど。 

それで印象的だったのが6年生のとき、一度だけAちゃんが授業中立たされた。単に発問に答えられなかっただけだったと思うし、その時点でクラスの大体の人が教室の後ろにいたのだが、着席常連組から外れたことのない彼女は著しくプライドを傷つけられたと思う。 
授業中に立たされた人は休み時間中に先生に許しをこいに行き、許されなければ次の時間も起立したまま授業を受けなければならない。Aちゃんも休み時間に先生に説教されに行き、泣きながら席に戻ってきた。 

それからしばらくしてPTA主催のバザーがあり、そこでI先生がお気に入りの女の子を教室に拉致したことが発覚したのをきっかけに、Aちゃんのお母さんの声かけでI先生を辞めさせる会が発足した。 

Aちゃんが立たされたこととAちゃんのお母さんがI先生を辞めさせようとしたことと因果関係があるのかはわからない。 
でもAちゃんのお母さんが保護者会で主張するに、AちゃんはI先生のことで相当精神的に参っていたらしい。うわ言みたいに「Iが、I……」と繰り返してうなされていたそうだ。 

クラスで成績トップのAちゃんと、二番目の私。 
I先生にとっては似たような子どもだったと思うんだよね。Aちゃんも御手洗も成績優秀で素直で良い子。二人ともよく褒められたし、たまに叱られたりもした。あんまり変わらないはずなのに、一人は悪夢にうなされるほどストレスを抱え、一人は能天気にも先生に好意を持ち続けていた。不思議なもんだ。 

I先生が辞めてしばらくあと、月曜日6時間目のクラブ活動を終えて教室に戻ると、先に教室に戻っていた子達が何か書きものをしていた。教室には校長先生がいて、彼は私にも紙を渡した。 

I先生に体罰されたことがあったら、何でも書きなさい」 

と言われたのだが、私は 

「書くことがないのでいりません」 

と言った。するとAちゃんが 

「なんで?書きなよ。だってばっちも体罰受けたことあったでしょ?」 

と私を咎めた。Aちゃんは普段大人しくて声を荒げることはなかったし、私とAちゃんは仲良しで喧嘩したこともなかったから、そのキツい物言いにちょっとびっくりした。 

っていうか体罰……?あったか?忘れてるだけか?そんな体罰されるような悪いことをした覚えがないんだけど。あれか?社会の課題終わらなくて終業式にこづかれたやつか?それともあれか?自習時間におしゃべりしていたら教科書の腹でパシッとはたかれたやつか?そんなんが体罰か?しかもそれ全部自分が悪いんじゃん?そんな黒歴史を書かされるわけ?えええええええええ? 

1秒くらいものすごく悩んだあげく、 

「そんな恥ずかしいこと書けないよ。」 

と言ってしまった。それでふとAちゃんの机をみたら、そこにはびっしり彼女の「体罰体験」が書かれた紙が置かれていた。 
あ、やべえって思ったけど、塾の時間も迫っているのでそのまま帰った。 

なんか、今まで仲良しだったのに、I先生が辞めてからAちゃんとの関係は微妙になってしまって、それがすごく悲しかった。

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