2012年11月2日金曜日

劇場版魔法少女まどか☆マギカ総集編 前後編3-3:杏子


☆ネタバレありの感想

続き。











・杏子

杏子はさやかの対となる存在だね。地元の平和を守るために魔女を倒すさやかと違って、杏子は自分が生きるために魔女を狩る。
さやかにとって魔女は悪であり、魔女が人を食うことは阻止すべきであり、それを実行する自分は正義の味方。
杏子にとって魔女は悪ではないし、自分が正義であろうとする気もない。魔女が人を食うのも魔法少女が魔女を食うのも自然の摂理。
QBにネタばらしされる前に自分で魔法少女の在り方に近づいた彼女は賢い。もちろんそれに気付くために、彼女は正義に対して凄まじい挫折を経験したのだが。
でもさやかから見れば杏子は、人を守る力を持っているのにそれを行使しないどころか、私利私欲のために人を見殺しにする「悪」なんだよね。

そして自身の正義を見失っていくさやかとは対称的に、杏子はさやかの正義に感化され、もう一度夢とか奇跡とか綺麗事を信じてみようという気になる。

ネット評では「いかにもな『悪役』で登場した杏子が唐突にお利口さんになるので、ご都合主義的に見える」という批判もあるが、私はそうは思わない。杏子の変化はさやかとの関わりや魔法少女の真実を知る中で、とても説得力のある形で描かれていると思う。

QBから最初にさやかのことを聞いたとき、杏子は「どうせまた幸せバカが気まぐれに首突っ込んだんだろ。」と思ったんじゃないかな。生き延びるためには魔女を狩るしかない杏子が、家に帰れば家族がいてうまいもんが食える甘っちょろいヤツに、見滝原という極上のえさ場をみすみすくれてやる道理はない。あいさつがてらちょろっと脅しをかければピーピー泣いて逃げ出すに違いない。

でもさやかはただの幸せバカじゃなくて、まれに見る大バカだった。魔法少女を正義の味方と勘違いしている、かつての杏子のようなバカだった。だからこそさやかは杏子の内部に土足で踏み込むこととなり、杏子に「うぜえ。」と言わしめたんじゃないかと思う。しかも全治三か月くらいのジャブをかましてやれば大人しくなるかと思ったのに、さやかは全力で立ち向かってきた。正義を気取って己の力量も省みずがむしゃらに向かってくるさやかに刺激されて、杏子はほむらに止められるまでさやかをフルボッコした。

この戦闘シーン、よくよく見ると杏子はさやかを威圧しているように見せつつ、まどかを引き離して結界を張っているんだよね。カタギの人間は巻き込まないという杏子は漢だ。

その後杏子はさやかの願いが「想い人の腕を治したい」だったと知る。
やはりさやかは尋常でないバカだった。
他人の幸せの形を乏しい想像力で勝手に決めつけ、それを「奇跡」によって実現することのリスク。
その薬になるか毒になるかわからない危険な賭けのために何もかもを投げ出したということ。
それらに気付いていない、気付こうともしない愚かさ。
それはまさしくかつての杏子の姿だったんだね。だから杏子はさやかにちょっかいを出さずにはいられなかった。「想い人の手も足も二度と使えないように潰してやりな!」なんてわかりやすい挑発をしてね。
でも実際、さやかはこのくらいのことをしてもいいと思うよ。物理的に潰すのはアレだけど、上条に魔女退治の見学をさせて、「あんたの腕を治したから私は一生魔女を倒さなくちゃいけないの☆」って恩でも売れば、上条は身動きとれなくなるんじゃね?そしたらワルプル前に魔女化してみんなに迷惑をかけることもなかったんじゃね?

ところがその決闘の場でさやかはえらいことになる。そして杏子はQBの口からとんでもない真実を聞く。
願いを叶えた時点で杏子もさやかも死んでいた。QBは二人に何の断りもなく、二人の姿を石ころに変えていた。「魔法少女になる」とはそういうことだった。

杏子のさやかへの執着が「好意」という形になるのはこれがきっかけだと思う。確かにさやかは幸せバカだったけれど、その幸せは既に全部奪われていて、何もかも取り返しがつかなくなっていた。さやかは杏子と同じところまで堕ちてしまっていた。

杏子自身はその真実を聞いても、初めこそ自分を騙したQBに怒りはしたけれど、まあ自分の祈りへの報いだし、魔女を狩ってGSを得るだけのお仕事なのは今までと変わらないし、別にいいやと思っている。
でも他人のために奇跡を願い、他人のために日々戦っているさやかは違う。「他人が幸せなら自分はどうなってもいい」という綺麗事は言葉ほど簡単なものじゃない。いざそれが現実になり毎日積み重なると、初心を保つのは不可能に近い。「なんで私だけこんな目に」「私がこんなに苦労しているのに」に堕ちずにいるのは、並大抵の精神力でできることじゃない。
杏子はそれをよくわかっているんだよね。さやかの正義はさやかを苦しめるだけ。この理不尽とうまくやっていくには、開き直って受け入れて、自分のことだけを考えて生きていくしかない。
さやかはもはや親友からも引き離されて、孤独の世界の住人になってしまった。かつて同じような経緯を辿って孤独の世界に連れてこられた杏子は、新しい住人と共有したいことが沢山あったんだね。だからさやかを教会に連れ出して、自分の過去を語った。

以前まどか☆マギカの感想で「杏子の親父がクズ過ぎてもったいない。少し工夫すれば親父にも正義を持たせられると思うんだけど。」というようなことを書いたんだけれども、改めて見直してみて、杏子の親父はクズであることに意味があるんだと思った。
もちろん酒に溺れて最終的には一家心中を企てたのは杏子自身も認めるクズなんだけれども、杏子の親父は最初からクズだよね。というか狂人だよね。そして親父がクズであることにより、それを盲信する杏子の少女らしさと異常性が際立つように感じた。
親父の信仰がどんなものであったかアニメでは明かされておらず、それがわからない以上親父が正しいか否かはわからんよな、なんてテレビを見ていた時は思ったけれど、彼の信仰なんて関係ないんだよね。親父の語るものの中身がどうあれ、彼の頭がおかしいことには変わりない。それを「親父の言うことをみんなが聞いてくれますように」と願い、それが全ての幸せに繋がると信じて疑わなかった杏子は、やっぱり幼かったんだよね。

杏子は常に何か食べている。テレビを見ていた時はそれを単なる萌え要素だと思っていて、そこに何らかの解釈を加えている人を見て「深読みしすぎじゃない?」と思っていたけど、やっぱり彼女の食への執着は物語上の意味があるのかもね。すべてを受け入れ、前向きに生きているように見えるけれど、そうあり続けることの無理や歪みが過食として表れているのかもしれない。

とはいえ自分の願いが一家心中を引き起こしたとあっても絶望しなかった杏子は強すぎる。
QBはガッカリしたんじゃないかなwwあれを耐えたとなると、杏子はもう絶望によって魔女化することはないと思われる。しかも彼女は強力な魔法少女で、GSを培養する知恵もあるので、SGが濁りきるにも相当時間がかかる。QBにとって杏子はとんだ不良債権なのかもしれない。

教会に話を戻すと、結局杏子がさやかに語ったことは、何一つ彼女に届かなかったんだよね。さやかバカすぎる。ほむらと違って、杏子はストレートな言葉を使ってわかりやすく説明しているのに、さやかはそれでも正義を貫くことを諦めなかった。せつない。

そしてとうとうさやかは魔女になった。さやかの遺体を抱えてまどかに出会うシーンは泣けるね。
「さやかちゃんは魔女から人を守りたいと言って魔法少女になったのに」
と泣き崩れるまどかに、追い討ちをかけるようにして
「その祈りに見合うだけの呪いを背負い込んだまでのこと。あの子は誰かを救った分、これからは誰かを祟りながら生きていく。」
と言い放つほむら。
それを聞いた杏子が、まどかの前にそっとさやかの遺体を下ろすんだよね。それがあまりに優しい所作で泣ける。
さやかを放すと今度は打って変わって、激しくほむらの襟首を掴む杏子。
「なんでそう得意げにしゃべっていられるんだ!こいつはさやかのっ……さやかの親友なんだぞ。」
絞り出すように言った「さやかの親友なんだぞ」がもうね。胸が詰まるね。
杏子はさやかの親友じゃないんだよね。ほむらの言葉に胸を抉られているのは杏子も同じなのに、目の前でさやかが魔女になって、自分には何もできなくて、自分だってまどかのようにさやかに取りすがって泣きたいのに、できないんだよね。親友じゃないから。

同じように、まどかとの会話シーンもせつない。一般人を巻き込むのは杏子の主義に反するけど、さやかを救うためには手段を選んでいられない。
杏子の言葉は絶対にさやかに届かない。杏子はさやかを救うことができない。だから「親友」のまどかを使うしかない。
このシーンで人魚とユニコーンの紋様が見切れるわけよ。人魚はさやかの、ユニコーンは杏子の象徴なんだよね。これは泣く。
そして正義も夢も奇跡もなく生きてきた杏子が、さやかの正義に心を動かされ、奇跡を信じてさやかを迎えに行くわけだ。

ついにオクタヴィア戦。まどかを結界で守り、自分は魔女を絶対に傷つけず、ひたすら攻撃に耐える。攻撃特化の杏子が防戦に転じた時の弱さときたら。
「怒ってんだろ?何もかも許せねえんだろ?わかるよ……それで気が済んだら目ェ覚ましなよ。な?」
このセリフの優しさがね、もう。「わかるよ……」が重いね。

魔女が杏子に襲いかかろうとしたところをまどかが庇い、替わりにまどかが捕まってしまう。魔女は親友であるまどかを握り潰し始めた。

杏子が奇跡を諦め覚悟を決めたのはここだと思う。自分はどんなに攻撃されても良い。殺されても良い。でも親友を手にかけるようじゃもうダメだ。さやかは戻らない。奇跡は起こらない。この魔女は殺すしかない。でも一人では逝かせないから。

そして気絶したまどかをほむらに託し、杏子はさやかと心中する。
「心配すんなよさやか。ひとりぼっちは……さびしいもんな。いいよ……一緒にいてやるよ……さやか。」

このセリフを言っている時の慈愛に満ちた表情が神々しすぎてヤバい。杏子が宗教者だった過去がそれを際立たせているね。髪を下ろして祈りを捧げる杏子はまさに聖女。さやかが成し得なかった「献身」を、皮肉なことに、彼女が悪と罵った杏子が成し遂げたんだね。

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