2012年3月16日金曜日
三島懐古
2012年3月12日月曜日
送別会
といってもラボのセミナー室でのささやかなものだけど。
今年度ラボに来た4年生二人が両方この春でQ大を出てしまうので、ラボで送別会をやったんだよね。
飲み物食べ物の他にプレゼントを手配するのも幹事の仕事なので、昨日探しに行ってきた。東急ハンズに。
実は先週風邪を引き込んでしまい、昨日もうっすら発熱していて、体はダルいのに妙にハイになっていたので、このテンションでハンズになんか行ったらえらいもん買ってしまいそうだな、と自分の暴走を止めるのに苦労した。うっかり下ネタに走って送別会で派手にスベったら目も当てられないしね。
プレゼントって難しいよね。前にもmixiに書いたけど。
使うと消えるものが無難ではあるけど、「ラボからの贈り物」と言うからには手元に残るものがいいじゃない?
かといって、もうすぐ引っ越しの彼らに余計な荷物を増やしても悪いじゃない?
実用的なものの方がいいけど、あまり実用に寄りすぎても存在感薄くなるじゃない?
それなりに良いものもあるんだけど、やっぱ高いんだよね。
お手頃価格のものは「なにもラボで贈らなくても・・・」ってモノしかないし。
ここはやはり下ネタジョークグッズしかないか・・・
と思ってハンズと阪急百貨店を3時間回って見つけた。
ガラスペン。
こういうの。↓
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これ欲しいわ。ていうか私が欲しいわ。いや正直いらないけど(オイ)、他人にもらったらめっちゃ嬉しい。
「自分では買わないけど他人にもらうと嬉しい。」
これだよね。この一見矛盾しているようなギリギリのラインが贈り物選びのセンスってもんよ。
いいじゃんガラスペン。
そこそこ値は張るんだけど、今回は店飲みじゃないんで、その分贈り物に金をかけても罰はあたるまい。
見た目キレイでお洒落だし。
インテリ風なインテリアだし。
割れ物ってことで気は使うが、まあケースに入っていれば大丈夫だし、大してかさばらないだろう。
使うかどうかは彼らの選択だが、少なくとも「日常づかいできる」というポテンシャルはあるし。インクもセットであげたからね!
「4年生の頃S研で一年間頑張った証」になりそうじゃない?
「ラボから贈る記念品」として、ガラスペン以上にふさわしいものがあるだろうか(反語)。
そんなこんなで今日の送別会で二人にあげたら、喜んでくれたみたいでよかった。
Hさんが私の学位取得のお祝いにとフランスから贈ってくれた上等のワインも空けることができたし。
後輩がいろいろ手伝ってくれたし。
ラボの人には「なんでガラスペン?」と思われたに違いないが、一人一人に言い訳して回るのもめんどくさいし自慢しているみたいになっちゃうので、mixiに書いてフラストレーションを発散。すっきり。
2012年3月4日日曜日
2012年3月2日金曜日
光市母子殺害事件
死刑の是非を問うとき、
1. 冤罪の可能性があるから、死刑廃止
2. いかなる犯罪者の命も公権力で奪ってはならないから、死刑廃止
という2つの議論は分けなきゃいけないと思う。
この13年前の事件はその残忍さと犯人が少年であることから世間の耳目を集めたし、死刑廃止派の弁護団が犯人の少年を旗印として利用したことでも有名だ。
でもこの死刑廃止派の人々がいったい何をしたかったのか、よくわからん。
いや死刑を廃止したいのはわかるんだけどさ。
少年が母子を殺したのは確実で、というか「少年は犯人か否か」は争点ではないので、「1. 冤罪の可能性があるから、死刑廃止」という議論ではない。
私も死刑の議論に冤罪の恐れを持ち出すのはなんか違うと思う。無期懲役だろうが罰金1万円だろうが冤罪はいかんでしょ。
で、「2. いかなる犯罪者の命も公権力で奪ってはならないから、死刑廃止」という方向で攻めるなら、「こいつはこんだけ悪いやつだが、それでも死刑だけはいかん。」というロジックで主張すべきだと思うんだよね。そういう意味ではこの事件の犯人は死刑反対の旗印に最適だったと思うよ。人間のクズだから。
でも弁護団が行ったのは犯人の少年に対する気違いじみたフォローだった。ドラえもんが云々とか。
いや、犯人をフォローして無罪にするなり減刑を試みるなりするのは弁護士の仕事で、当たり前のことなんだけどさ。「死刑廃止」とは関係ないよね。
少年を弁護することにより「少年の死刑」は回避できるかもしれないけど、「日本の死刑廃止」には全く繋がらないよね?
少年に殺意はなかった、特殊な生い立ちで情状酌量の余地がある、若いから更生の余地もある、だから死刑は反対。えらい普通の主張だ。そして死刑そのものは否定していない。
「少年の犯した罪は死刑になるほどではない」ってつまり、「もっと酷い犯罪なら死刑でも仕方がない」ってことだよね。
根本的に死刑そのものを廃止したいなら、「この少年は弁護する価値もない人間のクズで、反省の色もなければ更生の余地もなし、仮に数年後社会に放てば似たような犯罪をする可能性が大いにある、それでも死刑だけはいかん。」って言わなきゃいけないんじゃないの?というか、死刑廃止派はそう思ってるんだよね?「2. いかなる犯罪者の命も公権力で奪ってはならない」、その理由を彼らは持っているんだよね?私にはわからないけれど。
だからドラえもんじゃなくてさ、どんな犯罪者も死刑にしてはならない理由を裁判で述べてさ、世間に「なるほど確かに死刑はだめだ」って思わせないと「死刑廃止運動」にはならないんじゃないかなー。
というわけで、弁護団が何をしたかったのかわからない。
「死刑廃止派はドラえもんだの蝶結びだの言って少年を『弁護』するキチガイ軍団で、ろくなもんじゃない」というメッセージはしっかり受け取ったけどね。
少年を死刑廃止のために利用したんじゃなくて、本当に少年の利益を守りたかったんだけど無謀な弁護のせいで裁判に負けちゃった、ということなのかな。
■光市母子殺害の被告側、判決訂正申し立て
(読売新聞 - 03月02日 11:39)
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山口県光市の母子殺害事件で殺人罪などに問われ、最高裁で2月20日に死刑判決を受けた元会社員大月(旧姓・福田)孝行被告(30)の弁護側が1日、最高裁に判決の訂正を申し立てた。訂正が認められた例はほとんどなく、棄却されれば正式に死刑が確定する。
2012年2月29日水曜日
ツレがうつになりまして
こちらもだいぶ前に見た映画の感想。
しかし最近映画見てないな。学生料金のうちにもう一度くらい映画館に行きたいんだが。
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主役の夫婦が宮﨑あおい&堺雅人と聞いて、大河ドラマ『篤姫』が大好きだったので観に行った。
全体の感想としてはまあまあ。特に心揺さぶられる展開もなく、宮﨑あおいと堺雅人の夫婦っぷりを2時間愛でる感じ。
堺雅人が演じるウツ旦那がハマってた。
ウツ経験者やその家族の方々は身につまされるところだと思うのでこういう物言いは不謹慎かもしれんが、萌えた。
宮﨑あおいはとてもかわいらしかったが、かわいすぎるのが難点。
あんな天使みたいな嫁がいてウツになる男がおるかい。
美人でもいいけど、もうちょっと生活にくたびれた感じがほしかったな。
いや、髪ぼさぼさだったり普段着が地味だったり、「くたびれ感」を演出する意気込みは伝わってきたんだが・・・まだ足りない。生活の垢が足りない。
住んでる家が豪華なのも現実味がない一因かも?いや、結婚5年目の30代?ご夫婦が一般的にどんな家に住んでるのか知らないけど。
なんか立派な和風の一軒家で、「結婚5年目の夫婦の新居」というより「夫婦どちらかの実家」って雰囲気だった。
結構広いし、二人暮らしの割に部屋がいくつもありそうだったし。
原作がそうなってるんならまあいいんだけど、賃貸とかもっと慎ましい感じの方が感情移入しやすい気がする。
ハル(宮﨑あおい)が幹夫(堺雅人)を「ツレ」と呼ぶのは原作もそうだっけ?
第三者に「うちのツレが云々」と言うならまだ分かるが、自分のツレに「ツレ」と呼びかけるのはおかしくないかい?夫を「夫」と呼ぶのと同じじゃない?
まあ夫婦のことだし、好きに呼び合ったらいいけどさ。
幹夫が自分の心身の不調を覚えたとき、「ハルさ〜ん」と普通に妻に相談するところがよかった。こういう病気を取り扱ったフィクションで、夫婦仲が芳しいのはそんなに多くない気がするので。
ハルはウツの幹夫に対してすごく思いやりが深いし色々頑張ってるんだが、そのせいで幹夫のウツが発覚する前の無神経っぷりとか、仕事のストレスでウツの幹夫に当たるところなんかが取ってつけたように見えた。
いやもちろん、「元々無神経だったのが、ウツ診断をきっかけに改心した」「幹夫に当たってしまうほどハル自身追いつめられていた」というフォローはできるんだけど、そこの描き方が足りない気がする。
「仕事をください!」のシーンも、そこだけ悲壮感漂わせてもなんだかなぁ、って感じだった。
原作はウツ患者とその配偶者の日常をあえてコミカルに描いたものだったけれど、映画の方は漫画を実写化したというより、その漫画を作るに至った夫婦の苦悩の日々を描いていたように思う。
その割には全体に軽くてほのぼのとしているので、病気への掘り下げが今ひとつ中途半端だった。ところどころ「こりゃ大変だわぁ」と同情するシーンもあるんだけどね。
全体にのんびり淡々としているだけに、天井のシミの伏線にはぞぞぉーっと来た。あと最後の公園から幹夫が姑に電話するシーン、あれどう考えても自殺フラグだよね?ウツの婿からあんな電話来たら、慌てて娘に連絡取るよ。
それから幹夫の性格が神経質すぎるというか、強迫的というか、なんか初めから病気っぽいので、どれがウツの症状なのかわからなかった。
まあそれが現実に近いのかもしれないけど・・・でもあれでは「ウツは誰でもかかりうる心の風邪のようなもの」という映画のメッセージが伝わりにくいと思う。「ウツは異常に神経質で特殊なこだわりを持つ人間が患いやすい精神疾患」って思っちゃうよ。
原作の方がウツになる前後の書き分けがはっきりしてて分かりやすかった。2012年2月28日火曜日
BLACK SWAN

結構前に観た映画だけど、そう言えば感想書いたのにブログにアップしてなかったと思って、今さらながら掲載。
ナタリー・ポートマンのバレエにすごく興味があってずっと観たかったんだ。
てっきり「純情な優等生であるバレリーナが、清楚な『白鳥』はまだいいとして妖艶な『黒鳥』が踊れずに苦悩するが、いろいろ経験して一皮むけ、最終的には見事舞台『白鳥の湖』を踊り切る」という話なのかと思ってた。
ので、ひでぇ目にあった。
グローイングアップものかと思いきや殺人系サスペンスの様相を呈してきて、それがホラー映画風味になって、最終的にはサイコスリラー(なんて言葉があるのかわからんが)になった。正体不明の他人あるいは霊的なものが主人公ニナを追いつめているのかと思いきや、結局ニナ自身の葛藤だったというね。それをまるでホラー映画のように、観客の恐怖心を煽るためだけにあらゆる演出を凝らして表現していて、そこに感心した。マジで怖かったけど。スプラッタはないんだけど、じみ〜に痛そうな描写が多くてさ・・・うわああぁあぁぁぁ・・・って感じだった。
まあでもある意味、「純情な優等生であるバレリーナが、清楚な『白鳥』はまだいいとして妖艶な『黒鳥』が踊れずに苦悩するが、いろいろ経験して一皮むけ、最終的には見事舞台『白鳥の湖』を踊り切る」は間違いではなかったな。むしろ、まさにそういう話だった。
小道具や人物、あるいは特定の行為?などを何らかのメタファーとして映画全体に散りばめる手法に唸らされた。ベスの口紅とかさ。あんまり巧妙なんで、気づいてないものもたくさんあると思う。映画のお約束や宗教的なものも勉強しないとわからないかも。
しかしナタリー・ポートマンは圧巻だったな。まず、バレエ。彼女は12歳までバレエをやってたらしく、またこの役のために1年前からトレーニングしたらしい。やっぱ女優ってすごいよ。一般人が10年以上ブランク空けて1年やそこいらで「白鳥」が踊れるかよ。無論努力も才能のうちという意味で。私はバレエへの造詣はなきに等しいのでわからないけれど、プロのダンサーから見ても納得の仕上がりだそうだ。でも門外漢の私にしたら、あの足首のぐねぐねした関節の動きからしてもうバレリーナにしか見えなかったよ。
それに演技もまた素晴らしかった。ナタリー・ポートマンってかわいいよね。可憐でさ。オードリー・ヘプバーンとか、日本人なら宮沢りえとか、そっち系。そんな彼女が映画の9割では眉間にしわを寄せて悲壮な顔してんだよね。可哀想すぎる。しかしながら徐々に彼女の黒鳥が姿を現してきてさ。クライマックスの白鳥から黒鳥に様変わりするシーンを顔だけで表現してたのがすごい迫力で、最高にグロテスクだった。
監督ルトワの役もいい味出してたね。ひでえパワハラセクハラじじいなんだけどさ。山岸凉子のマンガ『黒鳥』の監督と全く同じというか、お盛んではあるんだけど彼自身は真摯に芸術と向き合い、舞台作りに心血を注いでいてさ。セクハラと演技指導の境目がうやむやっていうか、ニナを抱きたいというより最高の作品を作り上げたいという欲望が勝るというか。いや、最低な男だけどね。
リリーもよかった。プリマの座を虎視眈々と狙っているライバルであり、ニナとは対照にセクシーで自由奔放な女。でも彼女が実際どこまでニナの足を引っ張っていたのか、そもそも彼女にその意思があったのか、よくわからなかった。というのも、リリーがニナにしたことは全てニナの被害妄想とも取れなくもないから。明らかにニナの妄想とわかるシーンでもリリーが頻繁に登場しているし。非道徳的でバレエにも性にも貪欲なリリーだけれど、ニナに対してはプリマとして正々堂々と勝負していたのかもしれない。夜遊びに誘い出したのも、煮詰まっているニナをリリーなりのやり方で解放してあげようとしたのかもしれない。
諸悪の根源は母だと思う。バレリーナとして成し遂げられなかった夢を娘に託し、いざ娘が自分を越えようとすると嫉妬し、愛情と言う名目で娘を束縛していた女。でも最後の最後にニナが舞台に立つのを止めたのは、純粋な愛だったと思うんだよね。ラストで「白鳥の湖」を踊り切った娘に涙を流して拍手を送っていたのが切なかった。
「あなたは病気よ、役に潰されるわ」ってニナを止めるんだけどさ。もっと早く気づけよ。遅すぎだよ。だってもうニナはその母の言葉さえ「私がママを越えるのを妨害しているんだ」としか取れなくなってしまったもの。ニナは「実力不足でバレエをやめたのを、娘(ニナ)を妊娠したせいにしてプライドを保っている」ことを見抜いているんだよね。
あとニナの憧れの存在であるプリマ、ベスが印象に残った。結局ニナがベスをプリマの座から追い落とす格好になってしまうんだけどさ。爪ヤスリで自傷するシーンは一体なんだったんだろう。ベスを刺したのはニナだったのか?ベス自身だったのか?あるいはベスの負傷自体ニナの妄想?
結局、新人プリマがその重圧に耐えきれず、デビュー作の公演初日で死んだってだけなんだけどね。いや一応死んだかどうかはわからんし、一命を取り留めたもののバレエは続けられない体になるかもしれんし、意外とけろっとダンサーに復帰するかもしれんし、そこは皆さんのご想像にお任せしますってことなんだろうけど。でも現実のプリマ達はその重圧を乗り越える素晴らしい実力、精神力を持っているんでさ。それで数えきれない舞台をこなすんであってさ。ニナは要はむいてなかったってことなんだよね。周りの大人に恵まれなかった不幸も含め。可哀想だれど。
でも「プリマの器でないのに抜擢されちゃった不幸な女の子」をあの手この手でえげつなく描いたという点で、この映画は一見の価値あり。グロテスクで悲しくて、それでいて美しい作品だった。
2012年1月29日日曜日
アニメ談6
アニメ談シリーズ最終回。今回レビューするアニメは超オススメ。
☆A完成度の高い作品
・マクロスフロンティア
地球に住めなくなった人類が、新天地を求めて宇宙に旅立つが、エイリアンの襲撃を受ける。そこで主人公の少年らがロボットに乗ってエイリアンと戦う、というオーソドックスなSF。
「マクロスフロンティア」は「マクロスシリーズ」という一連の作品のうちの一番新しいもので、シリーズ中の設定が何の説明もなく出てきたりするので、アニメを見る前にウィキペディアかなんかで「マクロスシリーズ」についてざっと読んでおくとわかりやすいかも。
この作品はSFとしての設定がしっかりしていて、本当によく出来てる。全26話なんだけど、それら全てが過不足なくて、かなり練られた構成。各話のあちこちに伏線が散りばめられていて、それがクライマックスに向けて徐々に束ねられていく様が痛快。エイリアンとの戦いだけでなく、主人公らの日常生活とか、恋愛模様とか、思春期の葛藤と成長とか、そういうのが丁寧に描かれていて随所随所で泣ける。
・天元突破グレンラガン
これもSFロボットもの。初めの方はB級アニメというか、バカバカしくて笑っちゃうんだが、だんだん話がシリアスになってきて、最終的には濃厚なSFになる。
この作品のすごいところは「視聴者を甘やかさない」所だと思う。見るに耐えない鬱回が続いた後、主人公らが目覚ましい成長を遂げて困難を打開する、という展開が何度かあるのね。そこが痛快。でもこれって製作者としてはすごく勇気がいることだと思う。映画と違って、テレビアニメはつまらないとなったらすぐ見るのをやめることが出来るから。実際グレンラガンを観る人減ったと思うよ、そういう鬱回のときに。だからテレビアニメは毎回「小さな快感」を視聴者に与えつつ、続きが気になる「謎」を置いていくのが安全だと思うんだ。それを敢えて視聴者を突き放しながら、「全26話」を余すところなく使って一つの作品に仕上げているのがすごい。
あと良い意味で設定やストーリーが単純。エヴァとかマクロスとか小難しい話とは一線を画している。結構緻密に設定を練っているわりに、「でも気合いがあれば何とかなる」という基本方針で困難を乗り越えていくところが痛快。
地下→地上→宇宙→多次元宇宙とどんどん舞台が広がるので、全26話も全然長くない。広げた大風呂敷をちゃんと回収できているところがまたすごい。そのくせ泣かせるところではちゃんと泣かせるんだよな〜。
・ちはやふる
現在放映中なので、暫定ランク。今のところすごく面白い。見終わったらレビュー書く。