2016年5月24日火曜日

「軍艦『伊吹』の建造」3

2. 日本語が美しい

何の違和感もなく、どこにも引っかかりを感じず、すーっと頭の中に入ってくる文章。
これ簡単なようでいて、かなり難しい。
私には書けない。
扱っているテーマがテーマだけにいかつい文体になりそうなものだが、とても柔らかくて読みやすい。
そして情景描写がものすごくうまい。
情景描写を「頭の中にある美麗なアニメ映像を文章で説明するぞ!」と勘違いする素人やラノベ作家は多いが、彼の文章は違うんだよね。
気負いがないというか、自己陶酔してないというか。
外連味のない素朴な文章なんだけど、それが何の抵抗もなく頭の中に入って、鮮やかな映像として再構成される。
何が違うのか、どうしたらそんな文章が書けるのかわからない。
説明し過ぎないのが良いのかな。行間を読ませる技術というか。

樺太の凍り付くような寒さ。
ぞっとするほど巨大な主砲。
事故の臨場感。

なんかこう、五感に訴える文章だった。



3. わかりやすい

扱っているテーマがテーマだけに、少々難解なこの作品。
でもリアリティを保ちながらこれ以上わかりやすく書くのは無理だと思う。

登場人物が多すぎる。日付や場所が飛び飛びになる。
いくら易しい日本語で書かれているからって、「正式な文書」は当時風の、漢字とカタカナのみで構成されており、目がシパシパしてくる。数値や単位も多く、しかも当時の表記で書かれているのでとっつきにくい。

ので、正直読み飛ばしてる。すまん。
いや、あれだよ、エヴァのオペレーションルームの緊迫したやり取りを一言一句聞いてるかい?聞いてるか、そうか。
マンガの「アベシ」とか「ヒデブ」とかを一言一句逃さず音読するかい?読むか、そうか。
まあ私はそれらと同じように、雰囲気を掴むだけにとどめて、テンポ良く読み進めることを優先した。
書き手にとってその数字は、その表記法は、綿密な考証によって練り上げられた大切な大切なデータなのかもしれんが。
ごめん、そこまでフォローできてない。

というわけで私はこの作品を「わかっていない」のだが、なぜかわかった気になっている。
それはこの作品には太い軸が存在し、時間や空間が飛ぼうが、上司がコロコロ変わろうが、命令文書や数字の意味がイマイチ分からなかろうが、物語の内容が一切ブレないのでちゃんとついていけるからだと思う。

大型対空巡洋艦『伊吹』が計画され、建造され、そして主人公の手を離れるまでの物語。
『伊吹』建造を通して主人公が見てきた第二次世界大戦。

作品の内容はそれだけ。

大風呂敷を広げ過ぎない。過不足のない、簡潔な内容。
だから細かいことがわからなくても、迷子にならない。

あと、すごくシンプルだけどうまいなぁと思ったのは、場面が転換するたびに「日付・場所」が同じフォーマットで本文外に表記されること。
日付・場所の情報を読者に与えずに場面がポンポン飛ぶ文章が難解なのは当然だが、その情報が本文中にあるのも結構探しにくい。
今読んでいる部分だけなら把握できるが、「あれ、なんで主人公は東京に来たんだっけ?」「いつから東京にいるんだっけ?」となったとき、インデックスのように表記されている「日付・場所」はすごく便利。作品の理解の助けになった。

それから巻末の簡易年表。
本文は場面転換が多く、数ヶ月から一年近く開くこともある。
章が変わるたびに上司の名前が変わり、戦局が変化し、主人公たちの置かれた状況も変わる。
それがわかりにくさのひとつではあるが、しかしその間を連続的かつ冗長な文章で埋めればわかりやすくなるのかというと、それも違う。
ここで役立つのが簡易年表。本文の「点」を簡易年表の「線」で繋ぐ。

「日付・場所」のインデックスと簡易年表のおかげで、私は「わかりにくい」作品をわかったような気になれた。まずは主人公、一(にのまえ)君がいつどこにいて何をしているのかさえ分かればOK。

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